村本由紀子

世の中には、数多くの「不人気な規範」が存在します。多くの人が本当は要らないと思っているにもかかわらず、いつまでも形骸的に生き残り、規定力を強く発揮する暗黙の規範のことです。 ** 集団のメンバーの多くが、自分は規範を受け入れていないにもかかわらず、他のメンバーの大半がその規範を受け入れていると信じている状況のことを、社会心理学では「多元的無知」と呼びます。企業にも、多元的無知で維持されている不人気な規範があるはずです。冒頭で触れた「上司が帰るまで、部下は帰ってはいけない」という暗黙の規範も、その1つかもしれません。 多元的無知は、他者の選好の誤推測と他者からの評判の誤推測によって起こります。「他者の選好の誤推測」とは、周囲のメンバーがその暗黙の規範を好んでいる、と勘違いすることです。他者の考えは目に見えず、見えるのは行動だけなので、メンバーが(たとえ嫌々でも)規範を守り続けている限り、勘違いを修正することは困難です。「他者からの評判の誤推測」とは、その暗黙の規範を破ると周囲から嫌われてしまう、と思い込むことです。実際にはそんなことはなくても、規範を破ってみない限り、確かめる術はありません。 この2種類の誤った推測に基づく行動が集合的に連鎖することで、本当は誰も望んでいない空気が作られ、みんながその空気を読み合うのです。